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 「本物」の歴史の授業を創るための考え方やアイデアを紹介します。明日を担う賢い日本人を育てるための歴史教育ブログです。

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歴史用語と人物学習(5)

◆「精緻化」の他の方法
 言葉の「連合性」のところで、「精緻化」を心がければ記憶が有用なものになることにはふれた。そのための一つの方法が想像することであることはすでに紹介したが、じつは「精緻化」させるために有効な方法はまだある。
一つは「先行オーガナイザー」の提示という方法であり、もう一つは言語の論理性によって安定した構造を形成させる「言語的援助」という方法である。(4)    
  「先行オーガナイザー」とは「主たる学習材料と関連性を持ち、それを包みこむような一般的・抽象的な内容を持つ文章であるとされている」(p40)           
 こうしたオーガナイザーを先行して提示すると後発の学習内容の記憶が促進されるという。例えば北尾は次のような実験例を紹介している。
小学校5年生の理科の「花のつくり」の学習で実験群の児童には「花の進化過程から考えて、花は葉から変化したものである」というお話を図を使って説明する。そして、めしべ、おしべ、花びら、がくの並び順はいかなる花でもかわらないという情報を先行オーガナイザーとして与える。対して統制群児童にはこのような情報は与えない。そして、同じ授業を行う。1週間後に転移テストすると、相対的に実験群児童の方が得点がすぐれた結果になった、というものである。
 人物を中心とした物語構造はここでいうところの「先行オーガナイザー」になっていると言えるだろう。短くおおざっぱであっても一つの<筋の図式>である物語が先行して頭にあれば、そこにざまざまな知識を構造的に関連させることができる。   
 例えば、「源頼朝は平氏に敗れて東国に逃れ、のちに平氏討伐軍のリーダーとなり鎌倉幕府を開いた」という筋が前提として頭の中にあれば、「平治の乱」「伊豆」「以仁王」「義経」、そして「守護・地頭」といった後続情報が筋の中に構造的に加わり、より強固な連合によって活性化するはずである。徐々に詳しい「源頼朝構造」ができあがる過程は頼朝の外郭的な情報が付加され、それによってより頼朝という人間の心情まで推測しやすくなっていく過程でもある。
 もう一つの「言語的援助」は言葉の論理性という安定的要素によって記憶を援助しようととする手法である。これについては歴史上の人物を材料にした面白い実験が紹介されている。歴史上、有名な人物の特徴を覚えさせるという実験である。     
 ブラッドショウとアンダーソンは28人の人物について一般にはあまり知られていない情報を4つのグループに分けた被験者の大学生に与えた。ただし、その後はグループによって付加情報を与えたり与えなかったりした。4つのグループとは原因条件を与えるグループ、結果条件を与えるグループ、無関係条件を与えるグループ、何も与えないグループの4つである。
 例えば、「ニュートンは、子どものように情緒不安定になり、あぶなかしくなった」という情報を最初に与える。次に原因条件グループには「生まれたときに父が死に、母は再婚、祖父に育てられた」と伝える。また、結果条件グループには「わけもなく偏執狂になる」無関係条件グループには「ロンドン発明家協会に呼ばれてトリニティカレッジへ行った」といった情報を付加するのである。1週間後に人名に対してその個人的特徴を筆答させるテストをすると、原因や結果の情報を付加されたグループの正答率の方が高くなるという結果が出る。
 これらの結果から単独情報よりも因果性などの背景的文脈の中で学習した方が記憶は確実になるという知見が得られる。   
 この実験について物語構造という視点からさらに考察をくわえてみたい。     
 4つの中で、無関係条件のグループはただそこに二つのエピソードがあるだけで二つの間に関係性がない。つまり、「物語」になっていない。単一文条件のグループはもちろん「物語」になっているとはいえない。                  
 だがこれに対して、原因条件グループや結果条件グループはそこに関係性のある情報が付加されるため意味のある「筋」になっている。つまり、たった二文しかないが小さな小さな物語になっているのである。
 「文化的に意味のある物語構造」は後続情報として加わってくる知識の先行オーガナイザーにもなり、またその言語の論理性によって安定した知識構造を形成することができると言える。

◆歴史用語の記憶と人物学習
 言葉は構造をもって記憶される。それは歴史用語も同じである。
歴史学習において、その構造をより強くし強固な長期記憶するためには言葉の連合性を高める必要がある。その方法として有効なのは人物を中心とした物語構造の形で歴史用語を与えることである。つまり、人物を目標語(中心語)とし、物語構造の中で他の用語を内周としての上位概念語・性質語・状況語、外周としての同一範疇語・関連動詞として関連させる。これによって歴史上の人物の行為を仮想的に身体運動し、エピソードを想像することが容易となる。さらに無関係かと思う事柄や偶然的とも思える各エピソードが筋のる物語構造によって意味のある関連を持つことになるのである。
 冒頭に提示した人物中心の物語構造に見られる二つの長所に戻ろう。       
 ひとつめの「印象に残り、他の項目への興味・関心が生まれやすい」も二つめの「その時代の全体像が見渡せる」もどちらも歴史知識ネットワークの構造化に深く関わっている。
 佐伯は次のように言う。(8)     
「知識というものは単なる「エピソード」ではない。それは、あらゆるものに「つじつま」をあわせてくれるし、あらゆる経験の「意味」を教えてくれるし、あらゆるできごとの「関連」をつけてくれる」(p65)
 これを頼朝の例で考えてみよう。    
 印象に残る、というのは頼朝の存在に注目するとこの時代の各項目がよりよく記憶に定着性するということを言い表している。そこから興味・関心が高まるということの中には知識構造を一貫して安定させたいという積極的な姿勢がある。例えば、伊豆へ流されたことへの「つじつま」をあわせたい、「鎌倉に幕府を開いたこと」の意味を知りたい、「守護・地頭」との関連をつけたい、などである。さらに、こうした歴史知識の構造化によって頼朝が生きた時代の全体像がより広がりより深まって「見渡し」やすくなっていくのだと言えるだろう。


<引用文献>
(1)目賀田八郎編『66時間で育てる歴史の見方・考え方』(東京書籍 昭和62年)
(2)三神雄司「2小単元「徳川家康」の指導計画と実践」(中野重人編『6年「小学校らしい歴史学習」のヒント』明治図書1991年)
(3)北尾倫彦『学習指導の心理学 教え方の理論と技術』(有斐閣 1991年)
(4)池谷祐二『記憶力を強くする』講談社ブルーバックス 2006年)
(5)山鳥重『脳からみた心』(NHKブックス 1985年)
(6)月本洋・上原泉『想像 心と体の接点』ナカニシヤ出版 2003年)
(7)M・ マルティネス、M・シェツフェル『物語の森へ 物語理論入門』叢書ウニベルシタス 法政大学出版局 2006年)
(8)佐伯胖『「学び」の構造』(東洋館出版 昭和62年)
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2015.01.29(Thu) | 歴史用語と人物学習 | cm(0) |

歴史用語と人物学習(4)

◆連合性を強化するもの
 先にも述べたとおり、連合性を強化するのは理解であり、それは一般的には法則のようなものだと言う。          だが、池谷はこの連合性を強化するものにもう一つ「想像」することの重要性を上げている。氏は日常的に行われている語呂合わせによる記憶法にふれて次のように言う。
「(記憶を補強する)そのためには多少の時間がかかっても、やはり語呂合わせを自分で作るのがよい方法です。そして、できる限り語呂合わせの意味している状況を具体的に想像するのです。想像すれば想像しただけ、はるかに記憶に残りやすくなります。」(p200)
理解と想像の関連性については月本洋・上原泉両氏が「身体運動意味論」を提起している。これは言葉の意味とは身体運動である、という考え方である。(6)     
 氏らは言葉の理解には想像力が必要であり、想像するときには想像上の動きで使った身体の部位と同じ実際に身体を動かす脳の部位が動くという。例えば「株価」という抽象的な言葉の理解は「上がる」「下がる」という物理的な身体運動を仮想することで可能になるという。
 ある歴史事項について想像しようとすれば必然的に人物を想定することになる。なぜなら、同じ人間として仮想的身体運動がしやすいからである。頼朝が刀を握る「武士」の姿、「治承の内乱」の戦いの中で石橋山に逃げ込む疲れ切った足取り、朝廷から「征夷大将軍」の称号を受ける得意満面な顔など・・・こうした仮想的身体運動を通して歴史用語が記憶に定着していくと言える。頼朝が主人公のテレビドラマを見たり、歴史小説を読むなどして仮想的身体運動がより活発に起こる経験は誰でも経験しているだろう。

◆「物語構造」の役割
 「人物」が目標語になることで仮想的身体運動=想像が容易になり、理解が深まる。 では、その「人物」項目が持つ「物語構造」はどのような有効性があるのだろうか。
M・マルティネスとM・シェツフェルはH・ホワイトの歴史的説明三つのタイプを紹介しながらそのうちの一つである「プロット化」を取り上げている。プロットとは、一般的には意図や意味を書き出したものをさし、物語の粗筋の意味もあるが、ここでいう「プロット化」とは物語の種類をロマンス・悲劇・喜劇・風刺などに特定することで意味を規定することである。そして、なぜ歴史家がプロット化するのか、という問いに対して次のように答えている。
「歴史家が現実の歴史的出来事をプロット化することによって、とりわけ文学的テクストに特徴的である筋の図式に包括する理由は、ホワイトにとっては、この方法によって事実的なもののつまらない偶然性が、文化的に意味ある物語構造によって形式を整えられ親しみやすいものになる」(p226)                      
 物語の意味は典型的な<筋の図式>によって認識されるという。
 いくつかの偶然的に起こったエピソードをつなぎ合わせた「筋」が初めて意味をもたらす。意味のない関連を嫌う私たちの脳は「文化的に意味のある物語構造」ならばそれを積極的に受け入れるはずである。
たんなる丸暗記よりも人物を中心とした物語構造の中で各歴史用語を定着させる方がより長期的な記憶になると言える。

2015.01.28(Wed) | 歴史用語と人物学習 | cm(0) |

歴史用語と人物学習(3)

◆長期記憶と目標語
 人間の長期記憶は大きく二つのカテゴリーに分かれているという。エピソード記憶と意味記憶である。エピソード記憶とは「いつどこで何をしたという過去の自分の経験や出来事に関連した記憶」であり、意味記憶は「経験とは関係のない「知識」」のことをいう。(4)
 では、前述のような歴史用語はどちらなのか。
 もちろん、武士も征夷大将軍も源頼朝もすべて「知識」なので、意味記憶ということになる。しかし、この場合にエピソード記憶は全く無関係なのだろうか。以下、歴史学習における用語と記憶の関係を考察することで人物学習の有効性について考察する。
 神経心理学者の山鳥重氏はその著書の中でハロルド・グッドグラスらによる「語の意味野」の研究成果を紹介している。(5) 山鳥氏によれば「一つの語はその語の周りに一定の強さで関連する語彙の網目をもっている」(p32)という。その中心となる目標語に接っするもっとも内側には上位概念語、性質語、状況語がなどがあり、この語群のさらに外側には同一範疇語や関連動詞が分布している。          
 例えば果物の「オレンジ」を目標語とすると、内周には「フルーツ」という上位概念語、「ジューシー」という性質語、「朝食」という状況語がある。外周には同じ果物である「りんご」という同一範疇語、「食べる」という関連動詞がある。
これを先に例示した歴史用語に当てはめてみよう。
*「源頼朝」を目標語とする。
*内周には「武士」(上位概念語・性質語)、「治承の内乱」「鎌倉幕府」(状況語)など。
*外周には「源義経」「足利尊氏」「徳川家康」(同一範疇語)、「戦う」「開く」(関連動詞)など。
頼朝の肖像画などを見せられて「これダーレだ?」と聞かれたときにとっさに名前が出てこないことがある。そのときに私たちは上の「網目」を辿って思い出そうとすることがある。「えっーと開いた人だ・・・誰だっけ・・・家康じゃなくて・・・鎌倉?そう鎌倉幕府でさ、最初の武士政権の・・・そうだ!源頼朝だ」という具合である。
 我々は言葉についてこのような構造を持っている。山鳥氏によれば「語の数は大量にあり、関連する語の意味野は複雑に重なり合っている。一つの語はそれ自体の意味野をもつが、同時に別の多くの語の意味野の周辺を形成する」(p34)という。
先の「オレンジ」の例に戻ろう。   
 「オレンジ」を目標語にした言葉の構造は自己の経験によって形成されている。例えば、母親がオレンジを「朝食」のときに用意してくれて「食べる」経験をして、ある食感を感じたところで、それが「ジューシー」と言うんだよと父親に言われ、さらに三時のおやつも「フルーツ」にしようと「りんご」がテーブルに置かれる・・・このような子ども時代からの経験が「オレンジ」という言葉の構造を作ったと考えることができる。
 前出の池谷は同じ著書の中で意味記憶とエピソード記憶の関係を次のように述べている。
「意味記憶は「知識」だと述べましたが、どんな知識でも初めはなんらかの状況のもとで脳にたくわえられたはずです。その状況が消えてしまい知識だけが残り意味記憶となっていくのです」(p63)      
 つまり、最初はエピソード記憶として取り込まれたものが最終的には意味記憶として残るわけである。
では、歴史用語である「源頼朝」の場合はどうか?「源頼朝」の構造も自己の経験によって形成されるのだろうか。もちろんそうなる。
例えば、次のような経験である。明日、歴史の定期テストがある。教科書の試験範囲のページを開き、頼朝の肖像画を見つける。その下に「征夷大将軍となった源頼朝」と書かれている。すぐ横の本文には「鎌倉幕府が開かれる」という太字タイトルがあり、ざっと読むと「守護・地頭」という言葉がやはり太字になっている。これらは関連があるはずだ、と考えて必死で暗記する。いわゆる丸暗記だ。
 しかし、丸暗記は「連合性」という性質がうまく使えていないのですぐ忘れてしまうという。「連合性」とは簡単に言えば「ものごとを関連づければ覚えやすくなる」(p197)性質のことである。      
「すでに述べたように、ものごとを理解し連合させると、その分覚えやすくなりますから、単一のことを記憶するときでも、できるだけ多くのことを連合させたほうがよいことになります。このように事象の内容を連合させて、より豊富にすることを「精緻化」といいます。常に精緻化を心がけていれば、記憶がたやすくなり、かつ、その記憶も有用なものになります。」(p201)
 歴史用語辞典のところで見たようにより多くの用語を過不足なく結びつけ、全体像を構成できる「人物」は連合性を有効に使えるタイプの項目である。つまり、「語の意味野」を「人物」を目標語にして構造化することができると言えるだろう。
 なお、関連づけると言った場合、それは理解ということに深く関係し、一般的には法則性のようなものが想定される。脳は丸暗記のような役に立たないあまり意味のない関連にはエネルギーを使わないという。では、もっと効果的に関連づけることができるエピソード記憶となる経験はないのだろうか。

2015.01.27(Tue) | 歴史用語と人物学習 | cm(0) |

歴史用語と人物学習(2)

◆歴史用語辞典
 知識の一つの形態である歴史用語がどのように記述されているか見てみよう。使用したのは『角川日本史辞典 第二版』(角川書店 昭和54年)である。ある小学校教師が「武士政権誕生」をテーマにした授業を構想しているという設定でこのテーマに関わる用語を引いてみる。なお、全文を引用していると膨大な文章量となるので以下、上記の授業テーマに関わる一部のみ引用することにする。
 まず<武士>を引いてみた。     

*ぶし 武士
 武芸を専業とする者をいう。古代では「もののふ」といい、のちには封建的支配階級の中心をなした・・・彼らは侍(さむらい)となって貴族の身辺警護に奉仕して中央に進出、次いで武家の棟梁と呼ばれる者の下に団結し、保元・平治の乱でその中央政治に対する影響力を示し、鎌倉幕府・・・

 いわば武士という集団の出自と変遷が書かれている。ここでは「貴族の身辺警護に奉仕して中央に進出」が武士政権樹立のプロセスとして大事なポイントである。次は<源平合戦>で引いてみる。すると→があり、<治承の内乱>とある。

*じしょうのないらん 治承の内乱
  源平合戦ともいう。古代的政権に対する全国的な豪族のゲリラ的内乱を背景にした源氏の平氏打倒の戦い・・・1180(治承4)以仁王の令旨を奉ずる源頼政・頼朝の挙兵によって飛躍的に拡大し、富士川合戦・倶利伽羅峠の合戦・義仲合戦を経て、叛乱勢力は源氏の下に統一されて・・・
 
 戦いの性格と経過が書かれている。蛇足だが「ゲリラ的」という言葉に驚いた。この形容詞は必要だろうか?
次は最初の武士政権である<鎌倉幕府>を引く。

*かまくらばくふ 鎌倉幕府
 源頼朝が鎌倉を根拠として創始した武家政権。成立時を1183(寿永2)頼朝の東国行政権取得の時、翌年の主要機関設置の時、85(文治1)守護・地頭設置の時、92(建久3)征夷大将軍就任の時とするなど、種々の説がある。初期の主要機関として将軍の下に侍所・公文所(くもんじょ)・政所(まんどころ)・問注所があり、85勅許を得て諸国に守護・地頭を設置し、全国の軍事警察権を握った・・・

 創始者と経過、主な機構内容が説明されている。
もう一つ<征夷大将軍>を引いてみよう。

*せいいたいしょうぐん 征夷大将軍
 本来は蝦夷征討のために任ぜられた臨時の官。794(延暦13)大伴弟麻呂が補任され、次いで坂上田村麻呂・・・811(弘仁2)以後中絶し・・・源頼朝が任ぜられて鎌倉幕府を開いた。以後幕府の首長の職名として武門の棟梁の地位を表すものとされ・・・              
 
 この職名の性格の変遷が主な記述内容である。
最後に<源頼朝>を引いてみよう。

*みなもとのよりとも 源頼朝
1147-99(久安3-正治1)鎌倉幕府初代将軍。義朝の3男。母は熱田大宮司季範の娘。平治の乱に敗走の途中美濃で捕われ、伊豆に配流。1180(治承4)以仁王の令旨を受けて挙兵したが、石橋山に敗れて安房にのがれ、三浦・千葉氏らの援助を得て鎌倉により、侍所をおいて東国政権を樹立・・・さらに義経をして85(文治1)壇ノ浦に平氏を族滅させた。その後、院に接近した義経を追い、その追捕を理由に諸国に守護・地頭を設置、武家政権を確立。九条兼実ら親しい公卿で朝廷を固めた・・・

 <源頼朝>という人物の項目を一読して気づくのは先に引いた4つの用語が過不足なくすべて入っているとことである。さらに詳しく知ろうとすれば他の4つの用語も調べる必要はあるが、テーマの中心となる人物を一人引けば全体像がつかめるのは間違いない。
 次に気づくのはその記述のドラマ性である。例えば、守護・地頭設置の理由を比較してみたい。             
 <鎌倉幕府>の項には「85勅許を得て諸国に守護・地頭を設置し、全国の軍事警察権を握った」とある。子どもはこれを読めば単純に「今で言う軍隊と警察を全国に制度化したんだな」あるいは「日本中に自分の武士の仲間をばらまいたんだ」と考えるだろう。
 しかし、<源頼朝>の項にはあるエピソードが記述されている。「院に接近した義経を追い、その追捕を理由に諸国に守護・地頭を設置」というエピソードである。子どもは頼朝と義経の関係にあるドラマを感じるだろう。さらに「その追捕を理由に」とある。「理由に」とあるからには「これを利用した」ということだ。つまり、このエピソード前の段階では守護・地頭の設置は滞りなく進んでいたとは言えず、「頼朝がこの義経追捕をうまく利用して目的を達成したんだな」と察するだろう。子どもは頼朝を「頭がいい」と思うかもしれないし「狡猾な奴だ」と思うかもしれない。
 さらに重要なのは、辞書という字数と表現の制限があるにもかかわらず記述が「物語」になっている点である。この<源頼朝>の項はわずか約420字であるが、そこに、敗走→配流→挙兵→のがれる→援助→政権樹立と波瀾万丈のストーリーが書き込まれている。起伏ある記述は印象に残るし、平治の乱、義経、壇ノ浦、侍所などの他の項目への興味もかき立てるに違いない。「物語構造」によってさまざまな用語がそこに収斂し、エピソードが書き込まれることで全体像が見渡せる。
 つまり、人物項目の「物語構造」には2点の長所があると言える。       
*長所その1:印象に残り、他の項目への興味・関心が生まれやすい。
*長所その2:その時代の全体像が見渡せる。

2015.01.26(Mon) | 歴史用語と人物学習 | cm(0) |

歴史用語と人物学習(1)

◆現場教師の指摘
 東京都で小学校の教師をしていた目賀田八郎は小学校の歴史学習について、子どもは「人物」に興味・関心があるので人物を中心にした学習にすることが重要な戦略の一つになる、という主張をしている。(1) そして、この主張の中で以下のような実践的な知見を紹介している。       
 目賀田によれば、鎌倉幕府の政治の仕組みについて守護・地頭の役割に重点を置いて教えたとき、ストレートに守護・地頭の役割を教えるよりも、頼朝が「義経を捕らえる」ことを口実にして守護・地頭を置いたというところから指導を始めたほうが、格段に子どもたちの反応が強くなったと言う。さらに、子どもたちは「義経を殺した後、守護・地頭はどうなったか」という疑問まで持ち、教師の意図した方向へと思考が展開したとも言っている。
「つまり、普通名詞としての守護・地頭の学習では、知識を授ける指導ならいざ知らず、学習は成立し難いのである。義経を捕らえることを口実にしたという「人物の入った守護・地頭の学習」になると、反応がよいだけでなく、能動的な学習も可能になり、「見方・考え方」も深まりをみせるようになる」(p18)
 目賀田の指摘では興味・関心が高まって学習姿勢が能動的になり、さらに歴史の見方・考え方も深まることが強調されている。これは重要な指摘である。「普通名詞」の学習では学習が成立し難く、「人物が入った」学習ならば子どもたちが積極的に参加し、歴史に対する見方・考え方が深まるということは人物学習は歴史の授業構想上必須であることになる。
同じ東京都の小学校教師・三神雄司は1990年に「徳川家康」の実践を報告している。(2)               
 授業は家康の肖像画を観察するという導入で始まる。家康が子ども時代に人質だったことを明確にした後、「弱小大名だった家康が、どのようにして天下を統一することができたのか」という学習問題を設定する。この問題に対して予想を立ててグループ毎に課題を決め、調べ学習を行うという展開である。
 三神は、この実践報告の最後に授業後の子どもたちの感想を次のように記録している。
「人物を中心とした学習について、子どもに感想を書かせたところ、「その人のおいたちや性格がわかり、どんな生き方をしたのかがよく分かっておもしろかった」「ただその時代を勉強すると頭が混乱するようだけど、人物だけ勉強すると、おもしろくて、分かりやすい。」「時代をまとめて勉強するより、ずっと人物中心の方がやりやすかった。」等と子供にとって分かりやすく、楽しい勉強になったようである。」(p86)
 ここで注目したいのは3つの感想には「よく分かって、おもしろかった」「おもしろくて分かりやすい」「やりやすかった」と学習の明快さや容易さに触れていることである。これらの子どもの感想から、人物中心の学習は「おもしろい」と言う言葉で代表される興味・関心の高まりに有効なだけでなく、「わかりやすい」「やりやすい」といった学習内容の明快さやその内容理解の容易さの面からも有効である言えるだろう。それが学習姿勢の能動性や見方・考え方の深まりに関連していると推測できる。

◆知識のネットワーク
 北尾倫彦によれば、認知心理学においては仮説的な概念として知識のネットワークモデルを作って実験的な研究を行っているという。(3)そして、知識の貯蔵モデルを以下のように説明している。           
「ところで、知識は頭の中で貯蔵されているのであるが、倉庫に物を投げ込むような形で貯蔵されているのではない。バラバラな状態ではなく、網の目のようにネットワークを形成して多量の知識が貯蔵されていると考えられる」(p36)
 知識はある秩序をもって構造化されたおり、日々新しい経験や学習によってこの構造を柔軟に変化させている。
 知識の定着と活用が学習内容とその理解に深く関わることを考えれば、先の実践における「わかりやすい」「やりやすい」という感想は歴史学習における知識の定着とその活用についての肯定的な評価と考えられる。人物学習は歴史上の知識獲得及びその活用による理解深化という観点から見ても有効な方法であると言えるかもしれない。
 以下、歴史上の知識の一つの形である歴史用語をテーマに取り上げて人物学習との関係を考察してみたい。

2015.01.25(Sun) | 歴史用語と人物学習 | cm(0) |