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 「本物」の歴史の授業を創るための考え方やアイデアを紹介します。明日を担う賢い日本人を育てるための歴史教育ブログです。

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ホンモノの歴史教育を考える会(第16回)

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 ホンモノの歴史教育を考える会(第16回)

 ドイツ生まれのユダヤ人であるピーター・ゲイはナチスの手から逃れて、アメリカで歴史学者になった人です。そのピーター・ゲイが歴史についてこう言っています。

「歴史という建物は、完全堅固はだけでなく、やはり美しい立派なものであらねばならない。もしそうでなければ、その家が建っていても、ゆきずりの旅行者であれば勿論、教養ある識者でも、わざわざその建物を尋ねてみようという気持ちにはならないに違いない」(ピーター・ゲイ 鈴木利章訳『歴史の文体』ミネルヴァ書房 p256)

 歴史を建物に例えているところがユニークです。
 ゲイは「歴史という建物」は「完全堅固」であることはもちろんですが(簡単に壊れては困ります)、「美しい立派なもの」でなければならないと言っています。たしかに、尋ねてみたいと思う気持ちが沸き上がらなければ興味も持てないし、その建物に住む人への愛情も生まれないでしょう。
しかし、私はここに「住み心地」という要素も入れたいと思います。その建物がいつも暮らしているマイホームであるならばなおさらです。日常的にすごすわけですからその建物自体が住みやすいことは大事な条件です。
吉田秋生さんの漫画を原作とする是枝裕和監督の映画『海街ダイアリー』は鎌倉に住む三姉妹の所に腹違いの妹が同居するというストーリーです。私の好きな作品ですが、この映画の中で長女の幸(綾瀬はるか)が腹違いの妹すず(広瀬すず)にこう呼びかけるシーンがあります。
「鎌倉でいっしょい住まない?あたしたちのウチ、古いけど住み心地がいいんだ」
 この映画の主役は四人姉妹であることはもちろんなのですが、じつは四人が住む鎌倉・極楽寺近くの古い家が主役なのです。この鎌倉の家こそが三姉妹の歴史であり、そこへ新たな歴史を作るべくすずが同居するのだと言っていいでしょう。映画を見ていると自然に「この家を尋ねてみたい」という気持ちがわきあがってきます。映画を見ている側もこの家に愛情を感じるのです。それは年季の入った中華鍋やカマドウマが出てくるお風呂場、祖父母の遺影が飾られた仏壇など「もの」によっても感じますが、何よりも姉妹たちが年中行事として大事にしている庭で取れる梅で作る梅酒づくりを姉妹全員でやる「こと」のよって強く訴えかけられるのです。
歴史は堅固で美しく立派で住み心地のよいものであるのが理想です。私たちの先祖も、私たちも、そして子孫たちもこの建物に住み続けるのです。長く住み続ければ住み続けるほど愛着がわくのは当然でしょう。
ピーター・ゲイの主張をもとにして歴史を建物という比喩で表し、さらに先祖-私たち-子孫というつながりを例として出しました。この先祖-私たち-子孫は過去-現在-未来を表しています。
(つづく)
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2018.01.29(Mon) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第15回)

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 ホンモノの歴史教育を考える会(第15回)

憧れ=歴史教育の続きです。
 先の野口さんの例を思い出してください。
野口さんが歴史学者になって武士を研究するようになったのは子ども時代に「勇ましい武士への憧れ」でした。勇ましい武士に強く心をひかれたことが自分の生き方を決めたと言っていいでしょう。そうするとこれは先に(3)のまとめとして示した歴史教育の目的①②と関わります。
 つまり、憧れとは「日本の国柄」「日本人のよさ」「人物との邂逅」の中にあると考えられます。児童・生徒にこの中から理想を見出すようにするわけですから、当然のことですが肯定的な見方でこの3つを見ていかなければ理想とする物事にも人物にも出会うことはできません。
これについては柳田と亀井がそのエッセンスを示してくれていました。関連箇所のみ再度引用してみます。

「其間には嬉しいこと苦しいこと、大小の事件が幾らでもあつたらうが、それでも人間はよく働く者であつた故に、益々進展して繁り榮え、昔に比べると大きな立派な國になつたといふこと」
日本人は苦しくともよく働いた、進展した、そして立派な国になった―まさしく肯定的な歴史的国家観です。

「さまざまの障害厄難を突き抜けて、暫しもたゆまずに躍進する素質と、是に必要なる結合の力を持って居るといふ自信、即ち正しい生存の途が昔から明らかに具はつて居ること」
 日本人は障害・危機・災難も乗り越えられる躍進的な素質と結合力を持っている。そしてそれを自身にしている。つまり、正しい生き方を昔から備えている― これも肯定的な歴史的民族観です。

「人間研究の興味とも併せて、歴史への愛情がよびさまされる最大の条件と云ってよかろう」
 憧れは興味と愛情によって生まれることもあれば、その逆もあります。
亀井自身、古代美術への興味から聖徳太子への愛情を感じて、まるで「現に生きている人と会うように」聖徳太子と「邂逅」したというエピソードを紹介しています。

「私は日本の上代美術に興味をもってから、上代史を学ぶ機会が多かったが、聖徳太子を大へん敬愛した。つまり、史上の典型的人物と邂逅したわけで、そのときも和歌森氏の指摘されるように時代とか固有の課題を注目したが、次のような矛盾を味わうのである。それは出来るだけ在りしままの姿に接しようという復原への意志、時代の特性や雰囲気を復原してみようという努力と、同時に時代を離れて、「現に生きている人と会うように」といったときの直接対話からくる親密度と、この矛盾である。」(亀井勝一郎「歴史家の主体性について」『現代史の課題』岩波現代文庫 p38)

これも肯定的な歴史的人物観によるものだと言えるでしょう。
 聖徳太子への憧れが、太子と同じ時代の空気を吸ってみたい、同じ空気の下で太子の考えていたことやその行動を見てみたい、不可能とはわかっていてもチャレンジして親密になってみたいという思いへとつながっています。

以上見てきたように憧れ=歴史教育とは肯定的な歴史観による歴史教育のことであり、それはこれまで検討してきた歴史教育の目的に合致したものだと言えるでしょう。
(つづく)

2018.01.28(Sun) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第14回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第14回)

やや唐突ではありますが、生涯発達心理学やナラティヴ心理学を専門にしているやまだようこ(山田洋子)さんが紹介している一人の女性の心の変遷を取り上げることで憧れ=歴史教育の意味について考えてみたいと思います。
市田(仮名)さんはF1ドライバーであるアイルトン・セナの大ファンです。市田さんは16歳の高校生の時に初めてセナを知り、熱烈なファンになります。やまだは市田さんにとってのセナの存在を次のように言っています。

「大人から見れば、彼女にとってセナは、思春期によくある恋に恋する年頃の「架空の恋人」「あこがれの心の恋人」にすぎないかもしれません。しかし、当事者の「私」にとっては、自分自身を大きく変えるほど重い意味をもつ現実的(アクチュアル)な存在でした。」(やまだようこ「喪失と生成のライフストーリー―F1ヒーローの死とファンの人生」『人生を物語る』ミネルヴァ書房 p80)

市田さんはインタビューの中でエピソードを交えて「自信を与えてくれた」「生きていく支え」「人生の恩人」と語っています。さらに「一生懸命な人は、どんなにカッコ悪くても素敵だと思えるし、自分も常に何かに一生懸命でありたいと思うようになった」と述べていて自分を変えてくれた存在だとも言っています。
やまだは「憧れ」とははた目から見ればどうということもないものかもしれないが、本人にとっては自分の人生を支え、自分を変えてくれる大事な「現実的存在」であることを強調しています。
先に上田が歴史的な考え方は「子どもが現在の問題の解決と切実にとりくむところにこそ養われるというべき」と主張していたのを見てきました。上田の言う「現実の問題」とは現代そのものの問題や子どもの日常の問題を指しているのかもしれません。しかし、歴史学習における「現実の問題」はそのような狭い範囲の問題ではないはずです。私たちから見ればアイルトン・セナははるかかなたに生きている世界的ヒーローであり、非日常の存在ですが、市田さんにとってセナの言動は現実の自分を支え、成長させてくれる「現実の問題」なのです。
つまり、「憧れ」は自分の現実を支え、成長させてくれる重要なキーワードであると言えるのです。
 では、次に「憧れ」の意味を調べてみましょう。
憧れとは「理想とする物事や人物に強く心ひかれる。思い焦がれる」(『デジタル大辞泉』)と書いてあります。
ここから考えれば、自国の歴史の中に理想を見出してそれに強く心をひかれる状態がよい歴史教育の状態であるということになります。歴史を学習しても理想とするものがまるで見当たらずまったく興味を持てないとすれば、これは「よい歴史教育」とは言えないでしょう。(つづく)

2018.01.27(Sat) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第13回)

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ホンモノの歴史教育について考える会(第13回)

  長いことインフルエンザでお休みしてしまいました。再開します!よろしくお願いいたします。
ここまで歴史教育について考える材料として上田薫、柳田国男を取り上げました。

 三人目は亀井勝一郎です。
 亀井は戦前から戦後にかけて昭和前期に活躍した文芸評論家です。かつては中学の国語の教科書にも載っていた「大和古寺風物詩」が有名です。青年期にはマルクス主義に傾倒しましたが、後に日本の伝統を重んじる評論へと変化しました。1950年代に行われた「昭和史論争」は亀井の提起が発端です。この亀井の意見を見ていきたいと思います。
亀井は「昭和史論争」の発端となった論文の中で「歴史を勉強しようと思うときの気持ち」を「歴史への欲求」として次の2点を挙げています。これは言わば学習者側の欲求として述べられていますが、裏を返せば亀井自身が考える歴史教育の目的を述べているとも考えられます。
一つ目は「生の源泉の確認」です。

「そのひとつは、自己の生の源泉を、民族性や時代の流れのうちに確認したいという欲求である。日本人とはそもそも何かという問いが根底にある。」(亀井勝一郎「現代歴史家への疑問」『文芸春秋』第34巻3号 1956年3月)

これは柳田の言う①②の日本の国柄と日本人のよさを学ぶことと同義と考えていいでしょう。亀井の言葉で言えば、一人の人間が生きる上での「源泉」=生きる意味や生き方を、自分と同じ日本人としての素質や努力経過あるいは日本の歴史そのものの中に見出すことが歴史教育の目的であるということになります。
二つ目は「史上の人物との邂逅」です。

「もうひとつは、史上において典型的人物と思われる人と邂逅し、新しい倫理的背骨を形成する上での根拠を発見しようという欲求である。人間研究の興味とも併せて、歴史への愛情がよびさまされる最大の条件と云ってよかろう。」(前掲書)

この亀井の二点目は上田の言う歴史教育の最大の目的である「人間形成」についてより具体的に踏み込んだ提起になっています。
「人間形成」とはいわばこれまでの自分を振り返り、新しい自分へと成長することそのものを指す言葉です。亀井はこれを「新しい倫理的背骨を形成する」という言葉で表しているのです。歴史上の人物と「邂逅」=出会うことで、自分を成長させる機会やヒントにするべきだという提案であり、それを「根拠」という言葉で総括しているのです。

さて、こうして上田、柳田、亀井の三人の目的観を見てくると相互に共通点があり、その共通点を確認していくと歴史教育の目的がかなり明確に姿を現してきます。
これをできるだけ平易な言葉でまとめてみましょう。

◇歴史教育の目的
①日本の国柄と日本人のよさを知ることで自分の生き方の根拠とする。
②歴史上の人物と出会うことで自分を成長させる糧とする。
③「現実」の問題に取り組む機会を通して歴史的な考え方を身につける。

この3つの歴史教育の目的はそれぞれ教育内容、教材、授業方法へとつながっています。
①は何を教えるべきか、という教育内容につながります。これはとくに柳田が主張していた「日本の国柄」と「日本人のよさ」です。
②は子どもたちに何を教材にするべきかにつながります。これは亀井が主張していた「歴史上の人物との邂逅」です。
③はどう教えるべきか、という授業方法につながります。これは上田が主張していた「現実の問題」です。

なお、ここで一言付け加えておきたいと思います。③の「現実」の意味ですが、これは何も、今ここ=現代という意味ではありません。これについては項を改めて論じるつもりですが、あえて「」を付けておきます。
(つづく)

2018.01.25(Thu) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第12回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第12回)

 二人目は柳田国男です。
 著書である「遠野物語」は今も読み継がれているロングセラーです。
 ご存じの通り、柳田は民俗学の理論と方法を提示し、日本の民俗学を確立した人です。「日本人とは何か」をテーマに生涯を研究に捧げました。民俗学という日本人の日常の生活や習慣を研究対象としてきた立場からの意見を見てみましょう。 
柳田は「史心」という言葉を提起しています。

「歴史學の成長素などといふのは妙な言葉だが、或いは単純に史心といふ方がわかりよいかも知れない。とにかく是が一人立ちになつた國民の間に、この學問を接穂する壱木として役に立つのである。」(『定本柳田国男第24巻』筑摩書房 p98)

どうやら、この「史心」とは国民と歴史学をつなぐ役目を持つもののようです。もう少しその内実を見てみましょう。続けて柳田はこう言っています。

「やや具体的にどういふことを教へるかを列挙すれば、第一に日本のやうな 國では歴史の領域が非常に宏大だといふこと、戸主が一ぺんも若死にをしなくとも、八十代又は九十代は、相続しなければ二千六百年にはならない。其間には嬉しいこと苦しいこと、大小の事件が幾らでもあつたらうが、それでも人間はよく働く者であつた故に、益々進展して繁り榮え、昔に比べると大きな立派な國になつたといふこと、是だけはたとへ書いたものには明白には書いては無くとも、是非とも少青年をして推測せしめなければならない。其次には今日の世の中のさまざまの現象には、原因が無くて斯うなつて居るものは一つも無い。それが判れば説明となり、判らなければ疑ひとなり誤解となつて、或は我々を不安心な人にしたり、或は無益に苦悶させたりする。さういふ原因はすべて皆歴史の中にあるといふこと、是に氣づかせなければ実は歴史を普通教育になされた甲斐は無いのである」(同p98)

 「少青年」つまり少年と青年を対象にして自説を述べていますから、これは歴史教育を念頭に述べているのは明らかです。
柳田が言う「史心」の内容を整理してみましょう。

①日本の歴史はその領域がたいへん広くそして長い
②日本人の先祖はもともとの素質に加えよく努力をして自国を立派な国にした
この①②は児童・生徒に推測させるような学習が必要である。
③現代のさまざまな現象の原因はすべて歴史の中に見ることが出来る
児童・生徒にこの③に気づかせる。

上記①②は一人目に紹介した上田の「人間形成」につながる見解です。
この段階では上田と柳田の二人の見解を付き合わせて、歴史教育の目的である人間形成とは、日本の歴史の広さ深さと日本人の先祖たちの素質と努力の成果を教えることで可能になる、としておきましょう。
なお、③は先の上田の歴史的な考え方は「現在の問題の解決に切実にとりくむところにこそ養われるべき」と共通点が見られます。
じつは柳田は歴史が日本の普通教育の一科目となったことの意味を以下のように述べているのです。

「第一には日本が如何なる國柄であるかということ、次にはさまざまの障害厄難を突き抜けて、暫しもたゆまずに躍進する素質と、是に必要なる結合の力を持って居るといふ自信、即ち正しい生存の途が昔から明らかに具はつて居ることを、人の説示に依らずとも自力でめいめいが覚り得ること、是等は悉く歴史の賜物であり、同時に又新たなる共同生活の為の、大切なる要件でもあつた。乃ち庶民も亦歴史を學ぶべき必要があることを、公に認められたのである」(p100)

 柳田は「日本の国柄」を教えることこそ歴史教育の目的だと考えていたことがわかります。「国柄」とは何でしょうか。
『大辞林』(三省堂)によれば
*その国やその地方の、風俗・習慣・文化などの特色。
*その国の成り立ち。国体。
*その国が本来備えている性格・性質。
と書かれています。
さらに「躍進する素質」(進取の気概と言い換えてもいいでしょう)、「必要なる結合の力」(協力性と同義と思われます)という日本人の持つよさを歴史から学ぶことも歴史教育の目的なのです。
柳田の言う日本という国柄と日本人のよさを学ぶことの重要性は上田の言う人間形成と関連していると考えていいでしょう。
(つづく)

2018.01.13(Sat) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第11回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第11回)

いよいよ本題の歴史教育について考えていきたいと思います。
 先に述べたように歴史教育はその目的に応じて歴史学・歴史から教育内容を選び出さなければなりません。この歴史教育の目的について以下、考えていきたいと思います。
考える上での材料を三人の識者の方に提供してもらいましょう。

 一人目は上田薫さんです。
 上田さんは教育学者で戦後、文部省に入省して社会科の学習指導要領と教科書の作成に携わりました。また、その後は「社会科の初志をつらぬく会」の理論的リーダーとして現場の授業実践に大きな影響を与えています。主に社会科教育の立場からの意見を見てみたいと思います。

「子どもが歴史についての力をもつということは、まずなによりも、歴史的にものをとらえることができるということ、歴史的な考え方が十分にできるということでなくてはなりません。歴史的知識は、そのための手足になるものです。いかに手足が豊富にそろおうとも、それを使いこなす力が欠けていては無意味です。そしてこのような根底的な力は、子どもが現在の問題の解決と切実にとりくむところにこそ養われるというべきです。現実の問題はすべて歴史性をもたぬものはないのですから」(上田薫『上田薫著作集9 系統主義とのたたかい』黎明書房 p68~69)

 ここで上田さんが提起しているのは、歴史的知識を使いこなして歴史的な考え方ができることです。この点に異論はありません。誰もが納得できる目的です。
 しかし、ここには一つの但し書きが付いています。
 それは「現在の問題の解決に切実にとりくむところにこそ養われるべき」というものです。これは一見すると不思議な但し書きです。なぜなら、歴史は過去のことであり、現実の問題はいま(現在)のことだからです。これについては、授業論として別の機会に論じたいと思います。ですから、ここでは深い入りせずに、知識は必要だけれども大事なのは歴史的な考え方を養うことだという点を確認しておきましょう。
上田さんはさらに続けてこう言っています。

「かくしてここに明らかにされてきたことは、歴史教育はあくまでも人間形成の問題に徹底して考察されねばならぬということです。知識のための知識、体系のための体系ということは、歴史教育と無縁のものにすぎません。歴史教育はあくまで教育、すなわち人間形成の問題であって歴史学の問題ではないのです」(前掲書 p69)
 
上田さんは歴史教育の目的は教育=人間形成であると明確に提起しています。
 ここで大事なのは歴史教育(人間形成)と歴史学(知識・体系)が明確に峻別されていることでしょう。歴史学そのものを教えるのが歴史教育ではないということを上田は強調しています。
歴史教育の目的が人間形成にあるということは、単なる歴史ものしりを育てるのが歴史教育の目的ではないということです。歴史の学習を通じて、その児童・生徒の心を動かす何かを生み出し、それが自身の生きる力になることが歴史教育の目的です。
(つづく)

2018.01.10(Wed) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第10回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第10回)

前回まで歴史とは?歴史学とは?を確認してきました。
 ところで、民俗学者の小松和彦さんは次のような辛辣な歴史学批判をしているんです。少々長い引用ですが読んでみて下さい。

「西欧化した近代以降の社会では、文字記録、考古学的資料、絵画資料、自然科学的分析などから、厳しい資料批判を経て、歴史が叙述される。歴史学はこのような歴史叙述こそが「過去の真実の話」(客観的歴史)であって、それ以外の「過去の真実の話」は「稗史」「民間伝承」「神話」「伝説」「昔話」「物語」「説話」といったラベルを貼って区別し、排除してきた。たとえば、テレビや映画が物語る「太閤秀吉」は、現代の民衆のなかに生き続ける「神話」化され「伝説」化された太閤像であって、「歴史上の太閤」とは異なっている、と主張する。しかし、歴史家が記述する太閤像も、煎じ詰めれば近代歴史学という「過去の解釈方法・装置」によって歴史家が「再構築した太閤像」ではないのか。前者の「太閤像」と後者の「太閤像」は、後者が「神」のように高みに立った視点からのものではなく、じつは双方が同じレベルに立っているのではないか。(中略)すなわち、「歴史家と創作家との違いは『種類(kind)』の差ではなく、いわば『程度(degree)』の差にすぎないのである」(小松和彦『「伝説」はなぜ生まれたか』角川学芸出版 p51~52)

 小松さんが批判しているのは、資料(史料)をもとにした「歴史学」こそが正統であり、それ以外のものをもとにしている「歴史」は正統ではないという見方です。ここまで「歴史学」と「歴史」の違いを強調しましたが、それはあくまで程度の差であるという点を確認しましょう。二つはまったく違う種類のものなのではなく同じレベルにおいて歴史を叙述するときに依って立つ基盤に違いがあると考えたいと思います。ですから、歴史を見るときには、いまこの時に自分が歴史に何を求めているか?を考えながら「歴史学」と「歴史」の双方を射程に入れておくことが肝要だと思います。
史料にもとづいたリアルな歴史を求めているときには「歴史学」の助けが必要ですし、自分の身体や精神のもとになる血肉化された歴史を求めているときには「歴史」の助けが必要になるということです。もちろん、双方が必要になるときもあるでしょう。
当然のことながら、歴史教育は教育上のある目的をもって行われます。
ですから、その目的によってリアルな歴史が必要であったり、血肉化した歴史が必要であったりします。歴史教育はその目的に応じて歴史学・歴史から教育内容を選び出し、教材化し、適切な授業方法で学習者たる児童・生徒に提供するということになります。
さて、この後は残っている最後のキーワードである憧れ=歴史教育について考えていきます。(つづく)

2018.01.09(Tue) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第9回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第9回)

次は「歴史学」について考えてみます。
先に説明した「歴史」を学問として叙述するのが「歴史学」です。学問として叙述する場合とそうでない場合とは何が違うのでしょうか。歴史学者は「歴史学は想像でものを言ってはいけない。史料をもとにして言うものだ」と言っています。史料とは、記録文書や回想録、これらをまとめた書物、絵画や写真などです。なお、史料にはランクがあるようで、同時代のものを一次史料、それ以外の後の時代に作成されたものを二次史料と言います。
東京大学史料編纂所の山本博文さんは史料について次のように言っています。

「このように、二次史料に依拠せざるをえない場合、それが「史実」だということを保証することができるでしょうか。すでに述べたように、誇張や記憶違いの可能性もあるのです。「できない」というのであれば、明らかになる歴史はたいへん貧弱なものになってしまいます。(中略)最後のぎりぎりのところでは、自分はこの史料のここまで信頼できる、あるいはこの史料は根拠は明示できないが信頼できそうだ、という勘のようなものに頼らざるえないのです。」(山本博文『日本史の一級史料』光文社 p43~44)

「歴史学」が学問として成立してるのは、史料に依拠しているという点にあります。そこがいわゆる「歴史」とは違うということなのですが、山本さんの話を聞くと史料が「信頼できるかどうかは勘に頼らざるえない」というのです。何やら心許ないと言えば心許ないです。そういうことならば、二次史料のみならず一次史料だって「誇張や記憶違い」がないとは言えません。ただし、史料という解釈と理解の根拠を明確にしているということは「根も葉もないウソ」を叙述することはできない(はず?)ということになるのでしょうか。
(つづく)

2018.01.08(Mon) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第8回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第8回)

 以下は、釈迦に説法なのですが、確認という意味でお付き合いください。
 
 ここまで整理してきた「歴史と歴史学と歴史教育」の3つはどのような関係になっていると考えればいいのでしょうか。
まずは「歴史」について考えてみましょう。
「歴史とは何か」という問いに対して古今東西さまざまな歴史家、哲学者等が解答を与えていますが、ここでは日本の東洋史学の泰斗・岡田英弘さんの定義を参考にすることにします。岡田さんはこう述べています。

「歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、説明し、叙述する営みのことである。」(岡田英弘『世界史の誕生』ちくま文庫 p32)

この定義で大事なのは「叙述する営み」という点です。
叙述とは「物事について順を追って述べること」ですから、音声で語るか、文字で書くかすることになります。ということは過去の出来事を100%落とすことなくすべてを叙述することは不可能です。ですから「把握」の段階ですでに叙述者の主観にもとずいて取捨選択が行われるはずです。さらに「解釈」するのですからここでも主観が反映します。もしかしたらあまりにも遠く離れた過去や地域のことで「理解」できない点もあるかもしれません。ということは「説明」は主観的であり不十分です。
これが「歴史」です。「歴史」は叙述する人がいなければ過去がただ過ぎ去って消えていくだけです。(つづく)

2018.01.07(Sun) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第7回)

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ホンモノの歴史教育を考える(第7回)

 さらにさらに、野口さんは同書の中で自分がなぜ歴史学者になったのか?といういきさつを書いています。これが重要な発言なんです。

「先にも述べたように、こんなことを書いている私でさえ、どうして日本中世史を専攻するようになったかと問われれば、子供の頃の「勇ましい武士への憧れ」と答えざるえない。大学に入るまで、貴族は大嫌いで、公家の日記を読むのも、武士の成立を考える材料を探すために、いやいや始めたものであった。」(同書 pⅵ)

なんとも衝撃的な告白です。
 武士のことを「暴力団」「ヤクザ」「殺し屋」と言っていた野口さんもじつは子供時代に「勇ましい武士」に憧れて歴史研究の道に入ったというのです。この「武士への憧れイメージ」は学校の歴史授業の先生のお話や教科書によるものなのか、歴史ドラマや歴史小説あるいは歴史漫画等でできたものなのか、野口さんはそれには触れていません。しかし、子供時代に影響をうけたものが原因であるところから歴史教育の問題として考えても間違いではありません。
もし野口少年が「武士は暴力団・ヤクザ・殺し屋みたいなもの」という研究成果をどこかで聞いていたら歴史研究者になっていたでしょうか?武士を研究しようと考えたでしょうか?
 皮肉なことですが野口さんが言う間違った武士イメージが野口さんという歴史研究者を育てたというわけです。つまり「歴史教育」も「歴史学」とは違うのです。
つまり、憧れ=歴史教育です。

ここまでのキーワードをまとめてみましょう。

     リアル=歴史学   血肉化=歴史   憧れ=歴史教育

この後は、リアル、血肉化、憧れの3つのキーワードをスタートにして歴史教育について考えていきたいと思います。(つづく)

2018.01.06(Sat) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |