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 「本物」の歴史の授業を創るための考え方やアイデアを紹介します。明日を担う賢い日本人を育てるための歴史教育ブログです。

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ホンモノの歴史教育を考える会(第19回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第19回)

もう少し、アイデンティティの観点から歴史教育について考えてみます。先の分類で注目したいのは②の「共同体との一体感」です。
 エリクソンもその内容は共同体の歴史(神話)と未来の2つであると言っています。
 まずは、歴史と未来をつなぐキーワードとして「伝統」というものを考えてみたいと思います。私たちの身の回りを見れば、どこの共同体にも歴史=伝統があり、これを未来へと残そうとする運動があります。よく見るのは地域のお祭りなどの昔から残る風習などで、こうした伝統の保存・継承の対象となることが多いように思います。さらに、それを受け継ぎ残そうとする地域の人々の動きそのものに一体感があるように感じます。
 この「伝統」というキーワードについて哲学者の森有正さんは「人間は、過去の伝統に中に生きる」「伝統はわれわれに深い促しを起こす」と言って「内面的促し」という言葉を使い、次のように説明しています。

「つまり、内面的促しというのは、自分では気づかない形で、自分に先立つところの、すでに存在している文化が、私にある方向へ向かうオリエンテーションを与えてくれることなのです。それは自分だけでのオリエンテーションではない。自分を超える、伝統的・社会的なオリエンテーションというものが自分を通して働いている。そういうものとしての内面的促しというものを考えてみたのです。」(森有正『生きることと考えること』講談社 p93)

先のエリクソンの言う共同体との一体感とつながる考え方です。
ということは、各地で行われているお祭りや様々な風習・慣習を経験することはそのまま自分をある方向へ向かわせるオリエンテーションになっているということになりますし、過去からつながる歴史と伝統は自分を超えるパワーで人間の生きる方向を決めているということになります。これは社会的・対人関係的な側面でしょう。
ということは同じく国や地域の過去を扱う歴史教育にも同じ機能があり、その重要な使命として児童・生徒の「内面的促し」があるということになります。
エリクソンはこれに関連して以下のようにも述べています。

「大人になるとは、過去の回想も未来の展望も含めた一貫した時間的流れの中で自分の人生を見ることができるということである。自分が何者であるか(たとえば、経済状態・世代関係における位置・社会における位置)を受け入れることによって、大人は少しずつ(それが計画されていたかのように、あるいは、それを自分で計画してきたかのように)自分の過去を選択し再構成する。」(p172)

ここに書かれている「過去の選択」の中には両親、家庭の歴史に加えて「王や神々の歴史」も含まれています。これは自国の歴史や民族の歴史、あるいは語り継がれてきた神話や伝説も人は「選択」しているということでしょう。
さらにエリクソンはこう言います。

「そして、そのように歴史を選ぶことによって、私たちは所有する側・創造する側に回ろうとする。」(p172)
「私たちが自らを第一原因であるかのように感じることができるのは、私たちが不可避的なものを特別な自尊心をもって受け入れる時である。すなわち、運命に身を任せる覚悟を持つとか、あるいは不可避的な宿命が私たちを選ばぬのなら私たちの方からそれを選び取るというほど、不可避的なるものを善きものとして受け入れる時である。」(p172~173)

つまり、エリクソンがいいたいのはこう言うことでしょう。
 自国の歴史、民族の歴史、神話・伝説等は「宿命」です。すでにその人が生まれた時には存在した「不可避」なものです。人はそれを「運命」として受け入れなければなりません。しかし、ただ受け入れるのではなく「選択」することが大事です。この「選択」するときに重要なポイントがあります。
 それが「特別な自尊心」と「善きものとして」です。これなくしては人は自分の人生を所有することも創造することもできないのです。
内面的促しはこうして選び取られたものでなければ起こらないのではないかと思います。
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2018.02.10(Sat) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第18回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第18回)

 なぜ歴史教育は「自己肯定感」を育てることを基本とすべきか?についてもう少し考えていきたいと思います。このテーマを考えるにあたってはアイデンティティが大事なキーワードになります。
 アイデンティティとは何か。
これについてはこの用語を世界へ広めたアメリカの発達心理学者・精神分析家であるエリクソン自身が語る「定義」を見てみることにしましょう。

「アイデンティティの感覚とは、人が成長し発達していく過程で抱く、自分自身と一体であるという感覚を意味しますし、また同時に共同体の歴史-あるいは神話体系-ばかりでなくその未来とも一体である、という共同感覚にたいする親和感をも意味します。」
(E・H・エリクソン 五十嵐武士訳『歴史の中のアイデンティティ』みすず書房 p30~31)

 つまり、アイデンティティとは「一体である感覚」です。
この定義によれば、それは
 ①自分自身と一体である感覚
 ②共同体と一体である感覚
 の2つに分けられます。さらに②は
 ②-1歴史(神話)と一体である感覚
 ②-2未来と一体である感覚
 にも分けられます。

別のエリクソンの著書からもう一つ見てみます。

「「アイデンティティ」という言葉は、〈自分自身の中で永続する(自己斉一性)〉という意味と、〈ある種の本質的な特性を他者と永続的に共有する〉という両方の意味を含んでおり、その相互関係を表しているである。」(エリク・H・エリクソン『アイデンティテイとライフサイクル』誠心書房 p112)

最初に示した定義とほぼ同じ事を述べています。
つまり、アイデンティティは自分自身及び他者(共同体)との一体感ということになります。 なお、先の「一体である感覚」はここでは「自己斉一性」と「共有」という言葉に代えられていますが、ここでは以後「一体感」という言葉を使うことにしたいと思います。
ちなみに、それまでの発達論はフロイトの学説が主流で、個人の先天的な性質によって人間の発達は促進されたり遅滞されたりすると考えられてましたが、エリクソンは「心理・社会的」という概念で社会的・対人関係的な側面を重視したところに特徴があります。(鑪幹八郎『アイデンティティの心理学』講談社 p50~51)

なお、アイデンティティは適切な日本語訳を作るのが難しいらしく、それだけ意味するものが複雑でさらにさまざまな分野で広範囲に使用さている言葉のようです。日本の精神科医であった神谷美恵子さんも「アイデンティティとは訳しにくいことばで自己同一性などと訳されてもあまりピンと来ない」と言っています。その神谷さんはアイデンティティの意味は次のようなものであると言っています。

「自分は何ものであるか、自分はどこに立ち、これからどういう役割と目標にむかって歩いて行こうとするのか」(『神谷美恵子コレクション こころの旅』みすず書房 p98)

 これまで続けて読んでくださっている方ならば、アイデンティティの形成と歴史教育は密接な関係があることがおわかりいただけるかと思います。(つづく)

2018.02.08(Thu) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |

ホンモノの歴史教育を考える会(第17回)

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ホンモノの歴史教育を考える会(第17回)

 心理学に「時間的展望」という研究領域があります。
 レヴィンという研究者の定義によれば「ある与えられた時に存在する個人の心理的未来及び心理的過去の見解の総体」と呼ばれるものです。この「時間的展望」は歴史教育にとって大事な観点だと思います。
 例えば、以下のような大学生を対象にした榎本博明さんの実験があります( 榎本博明「第7章 大人の時間」 子安増生・白井利明編著『発達科学ハンドブック第3巻 時間と人間』新曜社 2011年 p118~119)

榎本さんは大学生(平均年齢20,0歳)を対象とした調査をもとに以下の見解を述べています。
①過去としてイメージする年齢(平均は14、1歳)が高いほど自分の過去への態度が肯定的で、自己評価も高い。また、過去として大学時代よりも児童期を思い出す者の方が自分の未来に対して否定的である。
②未来としてイメージする年齢(平均は26,7歳)が低いほど自己の過去への態度が肯定的で、自己評価も自尊感情も高かった。
つまり、過去を近い昔としてイメージできると自己肯定感が高く、近い未来を想定できる場合も自己肯定感が高いという結論です。これは自己の人生についての調査ですが、自己と自国の歴史に当てはめることはできないでしょうか?
 つまり、青少年たちは同時代に近い自国の近現代史と自分とのつながりをイメージできればできるほど過去への態度が肯定的で自己評価も高いということになるのではないかという仮説です。
さらに榎本さんは、横井さんと共に大学生を対象に過去への態度や評価に関する調査も行っていて、この調査結果についてこう言います。

「過去に対する態度が肯定的であるほど過去評価得点も現在評価得点も高いこと、過去評価も現在評価も自尊感情と有意な中程度の正の相関があり、抑うつと中程度の負の相関があり、回帰性と弱い負の相関があることがわかった。また、現在悩みがない者ほど過去評価も現在評価も高かった。これらの結果は、自分の過去評価と現在評価は密接に関連しており、ともに現在の適応状態と正の関係にあることを示すものと言える」

この結果も上記と同じく、その人の自国の歴史に対する評価が高ければ現在評価も高くなり、自国の歴史に対する評価が低ければ現在評価も低くなると言えるのではないでしょうか。
榎本さんによれば「私たちの感情や行動は、現在の状況によって規定されるのみならず、過去や未来を含む時間的展望によって大いに規定される」と言いいます。(p117)
 また、榎本さんは白井さんの論を紹介して以下のように述べています(都築学・白井利明編『時間的展望ガイドブック』ナカニシヤ出版 2007年)。

「白井は、時間的展望は自分の人生だけで完結しない、自分の生を越えた世代間にわたるいのちのサイクルのなかで見通しをもつことである。また、われわれは意味ある刻みを入れていくことによって時代をつくり、時代をつくることによって、今を新しいものとして打ち立てて歴史的時間を流れさせることができる。そして、未来に希望をもつことである、と指摘した。社会のレベルの場合の時間的展望は、特に歴史認識と呼ぶことができるかもしれないとし、今後は、歴史認識のような問題にも時間的展望の研究が答えられるようになっていくことが必要であろうと示唆した」(p82)

 時間的展望は自分の人生だけではなく個人の生から死までの範囲を越えた世代サイクルをも範囲に入っているというわけです。やはり、その人の自国の歴史に対する評価が自分自身の評価と関係しているのは間違いなさそうです。(つづく)

2018.02.04(Sun) | ホンモノの歴史教育をまじめに考える会 | cm(0) |